2014年10月10日

失われた時は、得られずともいい

子供が成人したころからでしょうか、頻りに昔の記憶が、よみがえります。

我ながら情けないのですが、その記憶の多くは、切ない映像と、あの時、ああしておけば、その後の人生はこう変わっていたろう。とか、いや、今のかけがえのない存在がいなかったら、今の自分はやっていけないという妙な二律背反で、少し冷静に考えると、それが人生の岐路だったのかもしれない、なんても思うこともあります。

自分の生活の経済的な基盤を考えると、仕事、職業の選択がありますけど、私自身はもともと根本的に霞を食っていければいいというような仙人のような考えの持ち主、よみがえる切ない映像の多くは、少女です。または、若い女性。
まぁ、その少女、若い女性も今存命なら、結構おばぁちゃんと呼ばれる存在でしょうけど、私の記憶の中では、校庭の桜並木の下を歩く少女、髪が長く色白で、私の記憶の中では、若き頃のカトリーヌ・ドヌーヴとしか思えなかった少女、木造校舎の長い廊下の曲がり角で突然出会ったとき、目を伏せ微笑みながら通り過ぎてしまった彼女になぜ声をかけられなかったのか?

大学のころ、冬のはじめではなかったかと思うのですが、夕暮れ時、教授室に行くとき飛び乗ったエレベータで思いがけず乗り合わせ彼女の論文のテーマは、ローザ・ルクセンブルクとのことでした。ローザのことなど名前くらいしか知らなかった私は、俗っぽいバイトの話に移り、
「仕事、どう?」
「大したことない。だけど、男どものお守りが面倒だわ」
彼女は、私とは別のフロアで降り、その後出会うことはありませんでした。
メールも携帯もない時代の話です。彼女は、その後授業にも出席することもなくなり、論文を提出したのか否かも定かではありません。

色白の少女にとまっどった高校の校舎も今は建て替えられ、かっての面影はありません。

大学の校舎は当時、崩壊の恐れありくらいの張り紙があったくらいでしたが、その校舎も今では、見違える近代建築。ここも昔日のイメージとは程遠い。

心の持ちようを左右しただろう人生の岐路の記憶、これは本来なら、今の自分の生活状況を考えると、優先順位は高くないのかもしれないのですが、常に打ち寄せる波のように繰り返し繰り返し、ふとした瞬間に頭の奥からよみがえり、あの時ああしておけば別に人生があったのにという悔恨と、逆説的なのですが、ああしなかったからこそ、かけがえのないい存在がいてくれるのだという確信を持たせてくれます。

ラベル:昭和
posted by スローレイン at 00:08| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 失業評論 巻頭言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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