2015年04月23日

蒼ざめた馬を見よ

五木寛之の蒼ざめた馬を見よ (文春文庫)
を読みました。

プーチンさんが西側にツッパッているのを称して「新冷戦」と書かれて言われていますが、今の若い人、冷戦ってご存じなのでしょうか?

昔、ソ連という国があり、共産主義という思想があり、一部の人はその思想をもとに革命で成立したソ連という国を美化していました。しかし、ソ連は結構抑圧的な面があり、それがダメだったから崩壊しました。

「蒼ざめた馬を見よ」は、ソ連の時代の言論統制とその結果の国外出版をサスペンス風に描いた小説です。
国外出版される小説の内容がユダヤ人問題で、主人公がモスクワで出会う女性がユダヤ人というと、ヒトラーのホロコーストや東ヨーロッパのポグロムを連想してしまいます。

タイトルは、もちろんヨハネの黙示録からです。

昭和41(1966)年に発表された作品ですが、1966年は、戦争が終わってまだ21年しかたっていない時代です。終戦の時20歳であれば、まだ41歳、真珠湾からでも46歳です。当時のソビエト共産党書記長はブレジネフ、そのブレジネフは、2年後の1968年に当時のチェコスロヴァキアのプラハの春を弾圧し、戦車で抹殺します。私も頭の奥に、新聞の一面に戦車の写真が掲載されていたことをかすかに記憶しています。今の時代の、テロリズムと違って、一触即発で世界的な戦争が起こる気配が誰にでも感じられる時代でした。

その戦争の記憶は、ユダヤ人問題の小説の国外出版、出会った女性がユダヤ人、小説を書いた大作家の身代わりがポーランド人とくれば、多少歴史に関心のある人なら、1939年9月のヒトラーのポーランドへの電撃戦、1941年6月のバルバロッサ発動、虐殺収容所・・・などを思い浮かべざるを得なく、いつそれが再発するか、を思わざるを得ない時代でした。

それにしても、主人公が新聞記者で、労働運動に燃えた団塊ちょい前くらいの世代。モスクワで出会う女性、それも、クールビューティと関係をもつなんて、五木さんの主人公は、やはりかっこよすぎる。

21世紀の主人公は、永遠のゼロの半分プータロー。その姉貴が結構しそうな男は、エコロジスト。マスコミで働く姉貴の好きな男性は歴史意識からでなく今の大衆受けしそうでマスコミ的な発想から抜けられない男性。結局のところ主体性、アイデンティティを確立しそうのは、主人公の姉貴である女性。

20世紀の男性は、自分が望む望まないにかかわらずかっこよく生きるしかなかったのです。これは、時代が男に対しそう生きることを求めたからとしか言いようがありません。

蒼ざめた馬
20世紀には、五木さんの主人公がいて、ボガートがいて、ダーティ・ハリーがいて、ジェイムズ・ボンドがいて、ドプチェクがいて、イヴ・モンタンがいて、ケネディがいて、・・・

女性の立場からすると、20世紀は、自らを否定してでもついていっていい男がいた時代でした。21世紀は、女性自身が主人公です。男を選ぶのは自分自身で、男に選ばれるのではありません。

この21世紀に男は主人公になれません。男はかっこいい存在としては望まれていないのです。

蒼ざめた馬、
結局のところ、訪れたのは、20世紀にいた”男”のところだったのかもしれません
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2014年04月29日

今なら、優しく

男は、たぶん女性も、自分の意に沿う相手が傍らにいてくれることを望むことがある反面、意表を突く行動を相手に求めています。

相手が思いのままの行動をとるなら、飽きてしまう





意表を突くことが多いと魔性の女





魔性とはいかないまでも、もどかしさに身悶えてしまう関係も



モルソフ夫人の肩を今なら、優しく

年を取り、変な時間に妄想にふけると、若いとき年上の女性が今の自分から見れば、若くか弱い存在であり、なぜあの時、彼女の心の声にこたえられなかったのかとか、たとえ彼女のためな火の中水の中でもOKと思えた女性が、今なら私の手のひらで飛び回る小鳥でしかないと感じられたり、それでいて、決してかっての情熱は、今、この時には、取り戻せない、





昔、若いころ、年を取るとこういう思いを受け入れなくてはと感じたことはありました


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2013年08月26日

バカと言われても否定しない

会社で一人コホンコホンやっている奴がいるのは認識していたのですが、まさかうつるとは思っていなかった

うつった後もエアコンでのどがおかしいくらいにしか思えず、ちょうどグレンフィディックのシングルモルトをあけたばかりだったので、暑いさなかビールを飲みながらそれをチビチビ



8月は死の月
読む本は戦争の本

気が付くと、体温39度オーバー

39℃になる前に、深夜、酒を飲みながら録画で見ていたのが、「負けて、勝つ」
昨年(2012)NHKで渡辺謙さんの演じた吉田茂の話です。




その最初のほうで、近衛さんが出てきて、戦前は理想化肌、戦後はGHQに翻弄され、揚句は自死
人がいいんだか、いいかげんなのだか、責任感があるんだか、ないんだか、よくわからない人で、それでも、戦争がはじまる前、始まったときは東条さん、その前の総理大臣。あの9月の「国策」の時の総理です。

昔、あの戦争は、独裁者東条、あるいは暴走する軍部が構想し、天皇が決済して始まったものと思っていたのですが、最近いろいろな本を読んだりテレビを見たりすると、どうも違うんじゃないかと思うようになりました。


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2013年04月04日

日本語と英語とで、二けた違うってのは、

深夜、酒を飲みながらアマゾンを彷徨していたら、ろくに読めもしないのに洋書を買ってしまった。



みすず書房は、しっかりした本を出し、その評価はこれもまたしっかりと確立されているのですが、いかんせん、値段が高い。



これを、英語のペーパーバックで買えば、日本語版の1割で済んでしまう。

今の日本で、第2次世界大戦、しかもヨーロッパの北、レニングラードの攻防戦に関心を持つ人間などいないからかもしれません。
とはいえ、こうした歴史、極限的な状況と事実。
これを、もとにした小説。

こんなもの知らなければそれはそれでいいのでしょうが、知っていれば、世界が広がり、人間が深まる。

教養ってのは、なければなくても生きていけるのですが、あれば、人生の質が高まる。

その教養を得るためのコストが、日本語と英語とで、二けた違うってのは、

ラベル:教養 独ソ戦
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2013年03月05日

詩を思い起こすこと

空き地にヴェロニカが咲き、木々に新緑が芽吹くころになるとエリュアールの詩を思い出し、後何年この季節を迎えられるのだろうか?と感じる年齢になりました。



サガンの小説など、もう数百年読んでいません。
この「悲しみよこんにちは」

サガンの小説のタイトルのいくつかは、エリュアールの詩から引用されています。
エリュアールの時代、ピカソがいて、ダリがいました。
キャパがいて、レジェンドになる写真を撮影し、時代は、独裁と自由の葛藤の中で多くの死があり、生命への希求がありました。
市民の死があり、芸術家は、その不当な死をもたらす独裁に対し、それぞれの方法でノンを叫びました。

ゲルニカしかり、崩れ落ちる兵士然りです。

サガンは、ハイソサイエティで、庶民とはかけ離れた世界を生きた女性です。
彼女が引用した詩人の世界は、庶民にも通じるリベルテ、解放の思想です。

今、この国に生き、まやかしでしかない平和と、潜在する争いを意識するとき、自らのアイデンティティを確保し、精神の混乱から逃れるには、耳にする多くの錯乱としか思えない言葉から離れ、一人かって書かれた小説を読み、かって記憶した詩を思い起こすことしかないのかもしれません。
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2013年02月28日

「素晴らしい」洋館

個人的には関心が深いのですが、客観的に見て、こうした本って、いったいどういった人が手にするのでしょうか?




多少なりとも、フランス文化に関心を持った人なら、「朝吹」の名前を知らない人はいないでしょう。
三吉のジュネ、登水子のサガン。
サルトルとボーボワールの来日時の接待。
朝吹の名前は、日本のフランス文学界の華麗なレジェンドであり、この本はそのレジェンドの根源、三吉の生涯を中心に語った本です。

三吉や登水子が多感な青春を過ごした家は、
「・・・各室には、イタリアから取り寄せた大理石のマントル・ピースのついた暖炉があった。・・・大食堂にはマチスの静物、朝食堂にはモネの睡蓮・・・」
高輪の高台の広大な敷地の「素晴らしい」洋館でした。
設計は、かのヴォーリズです。

その家庭の暮らし、フランスへの留学、激動の時代、戦後の活躍など、いかにして、アサブキが日仏交流のレジェンドとなるかは、本書に深く語られています。
ラベル:朝吹 ヴォーリズ
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2012年06月29日

斜陽 フリーダム 革命

いい歳をしてブーガルーのフリーダムなんて聞いています。

なんと読んでいる本が斜陽


この作品は多分中学生か高校生のころ読んだのですが、当時、太宰なんて・・・

なにか読んでいることが、そのこと自体が照れくさいような気持ちで、軽く目を通した程度だったのではと、今となっては思います。
歴史に対しても知識がなかったのかな、とも思えます。

華族。
戦争、もちろんあの戦争ですが、あれが終わった後、華族制度は廃止されました。んで何もなくなってしまったかというと、現在でも、旧華族邸などで検索すると華麗な邸宅がインターネットで表示されます。

平民、一般庶民との差別がよかったのかどうかについては議論があるでしょうが、差別を覆い隠し、それでいて選良、より、お上と平民の区別がはっきりしているほうが、それはそれなりに良かったのではないかという感じもします。

戦争が終わり、占領軍によって廃止された制度によりかかる人々が、没落、違いがダメになり同じを強制されたとき、母がTBで亡くなるのは、西片の邸宅でではなく、伊豆の山荘というのは、なにか一種のガチャポン、身ではなく精神のギロチンかもしれません。

温暖な気候ときらめく海、豊穣な大地で野菜を育てるようになり、たくましくなった娘、ローザ・ルクセンブルグとかカウツキーなんて名前は久しぶりに目にしました。むさくるしいじじぃの子供を宿すなど、普通なら御免こうむりたいシーンでしょうが、卵を焼かれた蛇のことを
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2012年04月12日

木の芽時は調子がいまいち

木の芽時は調子がいまいちです。
それと冬の始まりもだめです。

昨夜、というより昨日の目覚めの時のようですが、夢を見ました。
荒れ果てた大地のようなところなのですが、結構人がいます。
何をやっていたのか、よく覚えていないのですが、私に白人の彼女がいました。少々離れた席にいたので呼ぶとこちらにやってきて、手を取ると、その感触が実にリアルに感じれられ、本当は夢に過ぎないのに、あっ彼女って実在の人間なんだ!
と、変なリアリティを感じました。



白人のくせをして彼女は日本語で私と語り、明るく微笑みます。

いい歳なので、昔やったフランス語にもう一度トライしようかと思っています。
イタリア語を本当はやりたいのですが、いまさら新しい言語は無理。かな

現実という世界が実際にあるのか、私はどうも判然としません。
私の意識が優先したいと思う世界が現実なら、夢の世界のほうが私の現実です。しかし、その世界は、目覚めると消えてしまいます。

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2012年03月30日

もどかしさが残る記憶

過去の蓄積などと書きましたが、私のような者にとっては誇れるほどの過去などあるべくもありません。

桜並木の下を歩く少女を遠く見つめ、かなわぬ想いに悩んだことや、会いたいという電話に冷たく答えたことや、深夜の峠道をひたすらバイクで走り彼女の別荘に向かったことや・・・





その記憶は、木造の校舎や、携帯のなかったころの電話の世界で、少し離れているだけで声が届かずメールなど想像もできない時代のもどかしさが残る記憶です。


一期一会が出会いの当然で、着信履歴などという安っぽい「あの時を、もう一度」がない時代の出来事です。


あのころは、若かった私たちにとっては、今、しかなく、壮年期のおやじ連中には、過去への後悔しかなかった時代だったのでしょう。

その今しかなかった私たちを、当時のおやじ連中の立場からすると、後で後悔するなよとの思いで、往復ビンタした、世代間のある意味熱い、本気の交感の時代




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2012年03月11日

人のうわさも75日

東京大空襲の日がすぎ去り、昨年の大震災から1年、その日が来ました。

マスコミは、自分たちが忘れてはいないというエキュスキューズのためにこの日に特番を組み、翌日には、芸能ネタでしょう。

人のうわさも75日
それが日本人の特徴です


したがって



歴史ってものをあまり顧みないし、そのエビデンスともいえる記録もロクスポ作成しない。

適度に忘れるってのがこの民族の特徴なのかもしれません。


グローバル化で英語を社内の公用語にするのも結構ですし、その中で、違う文化に出会うことはさらに結構です。



違うというのも、これもまた文化や文明が絡んでいて、この稲作中心の穏やかな風土、これに染まった人間には、差別、虐待、・・・

冷徹なまなざしも、


表に現れる、どうといったこともない出来事、

それを共有することで安心感を得るだけなら、もはや、すでに、言葉は必要なく、

闇に揺れるろうそくの炎に照らされたお互いの顔をしっかり見つめ
posted by スローレイン at 00:53| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 週末・休日に読む本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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